昭和46年10月05日 朝の御理解



 御理解 第55節
 「賃を取ってする仕事は、若い時には頼んでもくれるが、年をとっては頼んで呉れぬ。信心は、年が寄るほど位がつくものじゃ、信心をすれば一年一年ありがとうなってくる。」

 若い時にはどう言う仕事の出来る人でも、又はどう言う名誉職を持っておる人でも、段段年を取って来ると定年とか隠居させられる、とか又隠居をすると、そして若いときに華やかであった事をいろいろ回顧するだけであって、実は段々寂しうなって行くと言うのが、普通一般の人達の姿ぢゃなかろうかと思う、ほんに自分がもう十年若かったら、あげんもするけどと言った経過しか辿っていない様ですね。どうぞ一つお互い信心させて頂いてね、年を取れば取る程此処では位がつくものじゃと仰るがね。
 信心しよるから誰でも位が付くものじゃないです、位が付く程しの信心をせねば駄目です。それはどう言う事かと言いますとね、最後に一年一年有り難うなって来ると仰る、この信心でなからねば駄目なのです、信心はね一年一年有り難うなって来ると、年を取って行くに従ってね寂しくなったり、若い時はああだったこうだったと言う事ではなくて、もうそれは過去の信心と言うものは、本当にあの時分はほんとうにあのような信心でようまあおかげ頂いたもんじゃと。
 現在の信心がいよいよ尊いものにならなければ駄目です、私の友人関係でも小学校の先生をしたり、そして最後は校長先生にならんにしても、校長先生になった人も有れば、校長先生の一歩手前位で定年になったと言う人達があります、矢張り学校の先生、私の場合になると大体が勿論金光様の先生になるなどと、勿論思わなかったけれども、段々信者時代から先生、先生と言われる様に、それが問題になる位でした、教師でもないのに皆が先生、先生と言うてと、それは私自信がです。
 心の中に有難いと感じる、その有難い話しを皆さんが聞いて下さったらおかげを受けるのです。矢張りだから先生と言わなければ居られなかったじやなかろうか、段々おかげ頂いて本当の先生と言うですか教職を頂いて、先生先生、最近ではまあ親先生親先生と言うてくださる、これはいくつ位になったらと言うより止まるところが無い恐らく死ぬまでは、愈々有難い先生になって行くだろうと、これも私が思うのです。
それはどう言う事かと言うと一年一年有り難うなって行く、信心を積み重ねて居るからです、だから信心しとりますと、何十年続いとりますと、おかげも随分頂きましたと言うだけの信心ではね、これは位が付くものじゃと仰るけれど位が付く程しの信心になってゆかなきゃいかん、今日私御神前で頂きましたのは今頃は余り見ませんけど、昔野菜昆布を一わくくってましたね、こんな大きくこんな沢山、野菜こんぶです、出し昆布じゃない野菜昆布、それをね真中をぎゅっとこう縛ってね。
 上から折れとる下もこう折れとる丁度熨斗の格好です。長い昆布を真中ぎゅうっと絞まりますと、上がこう折れて下もこう折れる、言うならば昆布で熨斗を作っておると言う様な、それも沢山な事ですよね、昔の一輪と言えばこんなに沢山ありましたよ、これは今日の御理解になるのだと思はして貰った、そしたら次ぎに市川翠扇と頂いた。今新派に市川翠扇と言って大体は歌舞伎役者です、男なら市川団十郎になる人ですね、大変中々演技派の役者ですからね、その市川翠扇と言うのを字で頂いた。
 市川とは一つの川ですね翠と言うのはみどりと言う事、ひすいの翠ですね、みどりこれは最高のみどりと言う事ですね、翠扇の翠は、みどりは草草も最高の緑を翠と言う、扇は扇子、扇と言う字ね、市川翠扇とそして今日この五十五節を頂いとる訳です、賃を取ってする仕事は若い時は頼んでくれるが、例えばこれは信心でもそうです。若い時には押しがきく、我武者羅な信心も出来る。
 例えばお参りなんかもどんどん出来る、朝参りも出来れば夜参りも出来る、元気がありますから、年を取るとそんな訳には行かん、家から拝んどると言うことにしかなって来ない、ですから信心もやはりそうした勢いのあり生き生きとした信心をさして貰っておりますと、確かにおかげを受けますよねけれども段々年を取ってお参りを仕様にもお参りも出来ん。さあ息子達に参ってくれと言うても息子達も参ってはくれん、そうすると自然どう言う事になるかと言うとね。
 体が悪いとさあ医者じゃ薬じゃと言う事になる、そして医者からこうと言われるともう大変淋しくなってですね、神様の有難さはどこえやらと言う事になるのです、只おかげだけで何十年続いて来とる人は、若いときは成程押しも利くお参りも出来る、まあ修行の一つもすれば出来る、それこそ水被ったり断食したりも出来る。しかし年を取るとそんな訳には参りません、ですからそう言う信心がです。
 本当にひとつひとつ信心の喜びを言わば貯め上げて行くと言うか、年を取るに従って位がついて行く様に、信心が一年一年有り難うなって行くと言う、信心を目指さないからです、参りよればおかげを頂く、拝みよれば良いと言うのではない、そう言う信心がです例えば何十年続いたところで同じですよ。皆さん本当に此処が一丁分かって頂かないといかんですね、一年一年有り難うなっていっとるだろうか、詳しくはなって行きよる、けれども有り難うなって行きらん。
 とするなら、これは本気で考えねばなりません、なら有り難うなって行く信心とは、どんな信心をさして頂いたら有り難うなるか、昨日は神愛会でしたから先生方ばかりでお話をさせて頂いた事です。或る仏教関係の方の書いた本を読ませて頂きよりましたら、現在の坊主達はと言うて、皆ペテン師だと、はじめてその本に天理教も金光教と言うた様な、例が出て来ておりました。
 キリスト教の牧師さんなんか皆ペテン師だと、只お釈迦様がこう言うてござる、言わばキリストはこう教えてござると言う事を言わば売っておる坊主ばかりである、牧師ばかり先生ばかり、教祖の御理解の中にもあります様に、此の方は金銭では拝まん、信心を商いの様に思うとると言うところにあてはまると思うですね。教祖様の教えを只売っておるだけである、それで生活しとるとするならば、それはもう売っておるのと同じ事、言うなら信者を騙しておるのも同じ事。
 ペテン師だ、どうしたならば私はそこんところを読まして頂いて自分でこう書いとる、この自治制と言う事、自分で治める政治と言うのです、どうしたならば国が治まるか、と言う様な事を考える政治家で、どうしたら国民を騙す事が出来るかと同じ事だと、どうしたならば教会が発展するじゃろうかどうしたならば信者を沢山集める事が出来るだろうかと、と言う様な考え方の若し宗教家であるならば、皆これはペテン師だと言う、私もその点共鳴いたしました。
 私もそんな考えですから私がいつも申しますように信心とはもう私自身が助かる以外にないのだと、言うこの行き方です。そこで私はその自治の人でありたい、自分で自分を治められる人でありたい、どうしたら治まるか、どうしたら発展するか、ばかりを考えているのはこれはペテン師だ、自らを治める事が出来るそれが言うなら自治制だとと言う様な。家の中でもそうです。
 どうしたら子供が言う事を聞くだろうか、どうしたら家内を、自由に動かす事が出来るだろうか、どうしたらならば家の主人を、自由自在に操る事が出来るだろうか、亭主を操縦すると、そう言う方法論ばかりを考えておる、自分自身が治まろう、自分自身が助かろうと言う行き方ではないと言う、ですから、昨日先生方ばかりの神愛会の会合ですから、どんなに素晴らしい話しを覚えて来て、それを信者に話して、よい話しを聞いたと信者が喜んでもです。
 それはもう自分は、ペテン師になり下がりよると思うて、自分自身が本当に助かる道を、歩かしてもろうて、自分が助かった教祖の御教えをこう頂いて、こう自分が助かったと言う話しでなからなければ、いけんよと言うて話した事ですその後、時間がありましたから、丁度久留米の光橋先生が、今度十二月ですかラジオ放送致します、本部からの依頼があっとりました。
 この頃から原稿を書いて来た、教務所から電話が掛かって来て今度は沢山のそう言う願いがあったそうですけど、光橋先生だけが入選したそうですけど、今日博道先生が電話で聞いて向こうの知っている先生だったんでしょう、それはこんど随分偉い先生やら、お話の上手な先生やらあったんだけど皆選にもれたと、あんたんところの光橋先生だけが入選した、と言う事を聞いたと言うとります。
 それで昨日も聞かせて頂いたんですけれども、本当にここの依頼を受けてからもう一晩でさっと書き上げた、原稿用紙何枚と言う事でしたから、その何枚を書いてしまったら丁度それだけで終わってしまった。只自分の実感しておる事、信念しておる事受け売りではないのですよね、それは受け売りは受け売りの様です、私が使う言葉を沢山使っております、けれどもそれが光橋先生のものになっておるところが素晴らしい、私は前も読まして貰い昨日テープにいれてそしてまた改めて聞かせて頂いて。
 なる程入選する筈だなあ、素晴らしいなあ、大体はラジオで放送するのですからもう万人向きです、信心のあるものもないものも聞いて貰うのですから、もう演出して分かり易う例えば信心、信心と言う事は余り言わずに話せと言う事が本部から指令が来ておるのです、ところが光橋先生の場合は合楽の信心と自分が頂いた、そのままを書いとります、そして講題を“成り行きを大切に”とさせて頂きましたから、どうぞよろしゅうと言う事で此の度御本部参拝の時にはあちらの放送室ですかね。
 テープを吹き込む部屋が出来とりますので、そちらの方へ来て頂いて、先生の話しを録音させて頂くからと言う通知がきとります。その冒頭から最後まで本当に皆さんが光橋先生の信心を知っておるですがね、この人はですね失敗がないですね、ちっとばっかり合楽の信心さして貰いよるとですね、それはわかるです、けれども自分の生活の上になるとぴしやっとえのもくあみに戻っとるです。大概の人がまずほとんどの人がですから知ってはおるけれども。
 それこそ金魚のうんこじゃなかばってん、切れたり切れなかったりで信心が続いとるだけですよ。ところがね光橋先生の場合なんか、本当に泣く泣く辛抱しいしいにと言うところを通っとるです、切れてないです、だから私が昨日申しました本当に素晴らしいが、光橋先生あんたは此れだけで良かと、もうお話をするならもう此れだけで良か、しかもこれをいよいよ育てさえ行けばもうそれこそ、もう一年一年有り難うなって行くのだからと言うて話した事でした。
自分が信心を頂く様になって、言うならば布一寸買わないと、自分が信心させて頂く様になってから薬一服飲まないと成り行きを大切にしてゆく事がどの様に素晴らしい事か、それを十五分間で話さなければならないので、原稿用紙にぎっしり自分の信心を語っております、もうあんたの話しの素晴らしいのはね、あんたが実際にあんたのものにしてしまっているから素晴らしいとよ、お話が上手とか表現が上手とか言うのでは決してないのだけれども、もうあなたのものになってしまっている。
 しかもこれを愈々垢ぬけしたものにして行くものに、して行くだけで良い、後は此れを育てて行くだけで良い、もうこれなら絶対一年一年有り難うなって行くだろうと、お金なんかでももうそれこそ必要なとき私が必要なだけ頂ける、成程信心させて頂く様になって奇跡的なおかげも頂いて参りましたれども、それも有難いけれども最近はその信心を成り行きを大事にさして貰うとか、すべて御事柄として頂いて行く事の有難さから生まれて来る信と言っております。
 信とは信心の信、段々それが本当のものになり、自分のものになり初めからこの様に有難くならなければ、初めから此れが出来た訳ではないけれども、一年一年それを行じて行きよるうちにです、段々自分のものになって来たと言う事を話しております、本当に何処におんなさるかわからん様な感じですよね、派手な事もなからなければ控え目、むしろ控え目の先生ですからね、けれども先生が頂いておる信心の素晴らしさと言うものは、昨日話しを聞いて改めてまあよい弟子が出来たなあと思いました、
何故って、私の信心をそのまま、それは垢ぬけしません、程度はそれは小さいだけですけれども、確かに二十年間私の信心を本当に取組み頂きぬいて来て、そして此処で失敗しましたと言う事なしに続けておると言う事は此れは光橋先生だけじゃなかろうかと、昨日聞きながら、そげんおだてて貰うと反ってお話が出来ませんと自分が言う位に褒めにゃおられませんものを感じました、ですからこれが育ってさえ行けばそれで良い訳ですよ、所謂今日の御理解信心しよれば一年一年有り難うなって来ると言うのです、
若い時にはそれこそ賃取り仕事であっても、若い者にはたのむけど年を取って来たら頼まない、信心でも若い時には神様に強引にお願いする信心でおかげだけは受けるけれども、信心を身につけて行かない、合楽でこれ程の信心を頂いておる、その合楽の信心を知っておるけど身につけて頂き続けて行きよるならば、もう絶対一年一年有難くならなければならないごとなっとる。
 私は本当に光橋先生のそのラジオ放送すると言う話しの内容を聞かせて頂いてね、まあその時は皆さんも是非聞いて頂きたいと思いますが、此れがひとつも光橋先生の場合嘘がないと言う事誇張でないと言う事、何十年間通らして貰った自分の信心と言うものを、語ってこの様に表現しておる事が、確かに光橋先生のものになっておると言う事が、私が今日市川翠扇と頂いたのはこの事じゃないかと思わして頂きました、市川翠扇一つの川、迷いがないそれは難儀な問題が随分あった。
 けれどもそれをたった生金光大神の信心を合楽で親先生のお取り次ぎを頂いて、その時はかく御理解頂いて、その時にはこう教えて頂いてそれを本気で自分のものにしてきたとこう言うとる、なるほど元気な心で信心させて頂いた、成程翠と言う青と言うお知らせは元気な心で頂くが、もう最高の元気な心だと思いますね、翡翠の翠ですから時々元気な心を出すと言うのではないですもんね、光橋先生の場合は何か頂かんならんと言うて強引に、さあ歩いてでも参ろうと言うのではないです。
もういつもそう言うものを内容に持っているですね、この人は、中に一切合切を何回も言葉の中に使っておりますが、もう本当に一切合切を頂こう、有難く頂こうと言う姿勢を作りきっていますもの、この人は本当に皆さんもそう思われますでしょうが、こんどの光橋先生の話しを聞いてごらんなさい、本当にそうだなと思うです。市川翠扇、みどりですね成程これなら末広に広がってゆくだろう。
 一年一年有り難うなってゆくにちがいない、信心さして頂いてどうしてもいよいよ願わして頂くところはあの世にも持って行け、この世にも残しておけれる、信心を頂かして貰いますで最後をしめくくってあるです、もう本当にそう思うているです、この人は今更今の願いだけのおかげじゃないです、本当にあの世にも持って行け、この世にも残しておけれる、信心を頂きたいとそれが感じられるでしょうが、改めて光橋先生の信心を頂き直さにゃいけんと思うですね。
素晴らしいです本当、沢山の人の中から成程人選する筈です、しかもその信心がもう大変合楽の信心のぎりぎりですから、大変に難しい信心です、けれども自分が素人同様の所から頂いて来て、かくおかげ頂いて来たと言う話しですから、素人にも分かり易う解いとるです、もう合楽の最高のギリギリの信心なのですけど。然もね失敗して元に戻してないところが素晴らしいです。
 「ほんなこと親先生の言いなさる通り」と言いよるばってんもう失敗お互いの信心、もうこれでしまえはせんじゃろうかと言う様なところがあるでしょうが。又自分でももうこれは神様神様じゃいかんと思うて、自分のよかごとするでしょうが。そういうところがです、みじんも突き出したところが先ず無いですね、この人の場合はこういう信心なら、私昨日「もう光橋先生信心なもうあんたは外ん一つは分らんで良かばい、これだけで良かばいいわゆる市川これ一筋、それをもっと垢抜けしたものに、もっと豊かなものに、大きなものに、深いものにしていく以外にない。」
 と言うて昨日私の実感でしたから、皆んなに聞いて頂きました。信心をしておれば一年一年有難うなっていかない信心であるならば、それは何十年間一生金光様を拝んだと言うてもです、必ずそれは若い時には華やかな素晴らしい職を得たり、仕事をして来た人でも年を取って来ると、矢張り隠居せにゃならんようになる、定年になるそして後はいくらばっかりの恩給で、これから余生をおくらなきゃならん、何とはなしに淋しい、そして私にもう10年若かったらと、言った様な事しか心に浮かんでこない。
 信心はそうではない、年を取って行くほど有難うなって行くとでなからにゃ、いわゆる位がつくものじゃ仰っておられる。だから年を取って行くに従って、位も何も頂かない信心があるとするならばです、それは同じ事です矢張り淋しゅうなります。言うならお先真っ暗です、年を取るに従って、例えば今私の友達の例を取りましたが、定年になった華やかな仕事もしていた、けれどもさあ年を取ってあれもなきなりこれもなくなりしてくると、淋しくなって先はどうなるじゃろか言う事になってくる。
 先日どなたかの話でしたけど、東大での大変な仕事をなさった方だったそうです。ところが子供が無かった、身寄りがない一人でだからそういうのを、或る新聞記者がそういう一人暮らしをしているのを、敬老会の前の日に発表してあったそうですが、訪問して廻ったそこにそのお爺さんが、91かで一人暮らし、もう小さい部屋にもう所帯道具、本は山の様に学者ですから積んである、その中でね。休んでおられるのを見て、もうほんとにあわれを感じた。
 それから又何日か後に訪ねたら、その何か食べたいというものがあったそうですから、何とかをその買って行かれてところが、そのおじさんがちゃんと死んでおられた。誰も見取る者もなしに、もう最近こんなにあわれな老人を訪ねたのは初めてであった。と言う様な記事を誰かが読んで私に話して下さった、そう言う事ではつまらないでしょう。どんなに最高の学問を身に着けておっても、どんなに沢山の財産を持っておっても、若い時にどんなに素晴らしい仕事をさせて頂いておっても。
 段々その余生が淋しくなるものであってはならない。あたしは信心しよるけん大丈夫と言う事は決して無いのです、信者の中にも先日ある方が、もう大変熱心な信心をしておかげを受けておられるけれども、さあ身体が具合が悪いと言う事になったら、さあお地蔵さんに参った、そこでくじを引いた、そしたらこんな薬が良い頂いた、その葉を飲んだらもう一変に良うなった。ほら金光様よりか地蔵様の方が良かばいと言うて、人にも宣伝して、ところがあたしはそれを聞いてその婿さんに言いました。
 「はあそげんおかげを頂いたら、そんならあたしゃお願いせんで良かったの」と言うてその方に申しました。もうとてもその薬が効いてから誰でん教えようと思いよりますと話よった。さあそれから4,5日後にどうですか、もうどんなにも出来んごとなった、病院もあちこっち行った、ところがどうも悪かったもう何十年間信心しておって、さあどこいらの地蔵さんに参らなんとかね。(?)
あたりまえも薬を買いに行かにゃんとか、あたしゃそれを聞いてねほんとにもう、けども息子さんはそれが素晴らしいと言うて話しとるのですから、だから「そげん良うなったなら、あたしゃもう電話ででも聞くしあんたんところの嫁御がこうしてお参りして来よったから、お願いし続けとるけれども、そんならお願いせんで良かたいの」というたとたんでした。ガタガタと崩れたのは、だからその活ともす教祖様の所の中に、お地蔵さんにも参った教祖様の祈りの中に、こういう素晴らしい薬も頂いた。
 ならあたしゃひょっとしたらおかげ頂いとったかも知れんと思いますよ。けれどもね、もう合楽の信心はプツッとそこで切ってしまってから、そこの薬が効いたとこの地蔵さんが効かっしゃったと言う様ななしましたですから。現在病院に入院しとられます、信心しておってもですね位がいないからそうなんですよ。一年一年有難うなっていかないからそうなんですよ、あわれでしょうが、だからねおかげ信心では金光様の信心でも位はつかんと言う事一年一年有難うなって行くと言う事がもう既に位なのです。
だから心が賑やこうなる、そこでなら金光様先生達を見てご覧なさい、もう80にも90にもなられるという先生方がこの辺にもおられますが、それこそ信心の位がついていないよるが、それこそ生神様の様に皆んなから扱われておられてるでしょうが、どうでもひとつ信心の徳をあたしゃその一番手近かなのは光橋先生だと思います。合楽では。信心が狂うてないもん、何十年間と言う事に直面しても、然も一年一年有難うなって行きよる姿が、それこそ何十年間きれ一寸買わず、お金がどうと言う事ではないけれども。
 自分が必要なだけは頂き抜いて生きておると言う事だからもうこれを育てていく以外にはない。これを頂き抜いて行く以外にはないね、光橋先生と言うて昨日話した事ですけれども、それなら絶対有難うなって行くです、これならもう絶対お徳が受けられるです。年を取ればとる程心が賑やこうなって来るです。成程また光橋先生が家族の人が信心しとる訳でもない、子供達が付いてくる訳でもない、けれどももう誰にも頼らんで済むだけのものを頂いとります。
 この頃からあそこの財産分けがある時何回も、それはもう見事なものです。もうそれこそ一銭でも貰おうとは言ってないですもんね。で親せきの方達が集まってがやがや言うてこうこうしよるとが、ほんとに気の毒でたまらん、それを私は祈っておるだけです。自分は長男の嫁ですから、言うならば法律の上ではどうか知らんけど、どうかひと言でも言いたい所でしょうけれども、全然それを言おうとも思うてもないという感じです。いわゆる我情我欲が無くなっていきよる姿です。
 そこには毎日こうして孫を連れて日参してきますが、これだけの金がどこから集まって来るか分らんと自分で言いよるです。そういうおかげこそです私が今日頂いた市川翠扇であり、いわゆる野菜コブではあるけれども、コブをこんなに沢山真中を占めて、それが丁度のしの姿になっておる、これが神様へのお供えになっていきよる、これならもう喜びがたまりにたまっていきよる。一つの事を貫いていきよる、成程だからお金が無か時には(?)という先生方ですもんね、この人の先生方はそういう先生方からです、この55節を頂いた訳であります。
 「賃をとってする仕事は、若い者には頼んでくれるが、年を取っては頼んでくれぬ。信心は年が寄る程位が付くものじゃ、信心せれば一年一年有難うなって来る。」と言う所をねひとつ皆さん本気で頂いていかなければいけません。一年一年有難うなっていないとするなら、これは問題どこにそう言う事になってくるか。只おかげを頂いてきておるけれども。自恃のひとであるたいという願いを持っていない、どうすりゃ子供が言う事を聞くじゃろか、どうすりゃ店の者が言う事を聞くじゃろか。
 と言う様ないわば方法論だけを考えている。そしていろいろしてみる。成程良かごとあるけれども結果は良くない。自分自身、自由の人、自分んで自分の心を治めれる人にならなきゃいかん。いわゆる最近言うておる、治めるさんずいへんにむくちです。黙って自分自身がどうあったらそういう中にあって、自分自身が助かるか助かるかと言う事を焦点にして、信心を進めて行かなければなりません。
 そういう信心からなら信心がいよいよアリア難いものになってくる。一年一年有り難とうなってくると思うのです。どうしたら始まるか、どうしたら発展するかばかりを考えている、そういう信心がもし例えば一生続いたところで、どうぞ発展させて下さいどうぞ治めて下さいと言うだけ、それよりも自分自身が治まる私し、自分自身が助かる。自分自身が有難うなっていくと言う事を願いとすると、信心なら必ず人も治まる家も治まる発度もするそういうひとつ。
  (途中末尾切)